図書館の入り口に「ψΥXHΣ IATPEION」の文字。
ギリシャ語で「魂の病院」。
教養がないことは心の病
中世期、図書館はそれを治癒するための場所と言われていたそうです。
ドイツ、オーストリアと国境を接するスイス北東部の中心都市、州都のザンクト・ガレンは、ボーデン湖に近い歴史的な町。
この街のシンボルでもある修道院は世界遺産に認定されていて、修道院の中にある附属図書館も、世界遺産に含まれます。
ザンクト・ガレンの歴史とザンクト・ガレン修道院
ザンクト・ガレンの歴史は、612年にアイルランドの修道士「ガルス」が隠居のためにつくった庵室と小さな木造の礼拝堂にはじまります。
ガルスの死から1世紀後、聖オトマールがその礼拝堂を修道院へと改め、街と修道院を「聖ガルス」にちなんで「St.Gall(サンガル)」、現地ドイツ語で「Sankt Gallen(ザンクト・ガレン)」と名付けることになりました。
ガルスとオトマールは、この修道院の歴史において特に重要な人物であり、修道院の天井のフレスコ画にも描かれています。
18世紀に改装された建築はバロック建築の傑作といわれる美しい意匠で、街のシンボルであり、ザンクト・ガレンそのもの。
長い歴史の中で、何度も火災に見舞われ、壊滅や破損の被害も受けています。
現在では宗教的な意味での修道院ではなく地域の人々の憩いの場であり、観光名所となっています。
スイスの図書館の歴史とザンクト・ガレン修道院附属図書館
スイスにおける図書館の歴史は、ほかのヨーロッパと同様、中世の修道院に蒐集された写本の文庫からはじまります。
ザンクト・ガレン、アインジーデルン、エンゲルベルク、ミュスタイルなど、ベネディクト派の僧院では古くから写本が複写・収集され、学識文化の伝統が継承されています。
そのなかでもスイス最古であり、膨大な数の貴重な書物や手稿を納めた世界最大級の図書館がザンクト・ガレン修道院附属図書館(Stiftbibliothek)です。
当時、この図書館はキリスト教神学研究の拠点でしたが、それだけではなく、文化と科学知識が集結された学問の総本山として、中世ヨーロッパにその名を轟かせていました。
スイス風ロココ様式の閲覧室と書庫には10万冊の蔵書のほか、インキュナブラが1,650卷、さらにルネッサンス時代の彩色美しい手書き写本が保存されています。
最も貴重とされているのは、印刷技術が発明される前、8世紀から12世紀に写字士としての役割もあった修道士たちが手書きで写した写本です。
それらは神学をはじめ、医学や天文学の分野にもおよび、その数は2,000冊にもなります。
特別に古く価値のあるものを除いて、ほとんどの本が申請すれば閲覧室でみることができます。
観光や鑑賞のためだけの施設ではなく、今でも図書館としての機能を果たしており、1900年代以降に発行された本においては貸出も可能です。
1994年には東京藝術大学の主催で、この修道院の史料の展示が日本でも実現しました。
この修道院が果たしてきた歴史的な意義に加え、中世の修道院を代表する荘厳な建築、図書館に残る重要な文献や美術品、9世紀に描かれた建築設計図など、さまざまな観点で高い評価を受けて、1983年に世界遺産に認定されています。
ザンクト・ガレン修道院附属図書館への行き方
ザンクト・ガレンは、ドイツ、オーストリア、リヒテンシュタイン公国の国境に近く交通の便がよいため、欧州旅行のベースタウンとしても人気です。
ザンクト・ガレン駅に着いたら、旧市街を通って修道院に行きます。
044_07ザンクト・ガレン旧市街(筆者撮影)
まるで中世時代にタイムスリップしたかのような雰囲気ですが、可愛い雑貨屋さんやお菓子屋さんなども多くあるのでショッピングにも最適です。
旧市街を歩くと豪華な装飾や建物から突き出た出窓気づくと思います。
044_08「ベイ・バルコニー」(筆者撮影)
この「ベイ・バルコニー」と呼ばれる出窓のある家は、織物産業が発展し、街が賑わいを見せていた17〜19世紀に暮らしていたお金持ちの貿易商たちの家々で、当時、
その頃の出窓がそのまま残っている家は、旧市街に111個もあるそうです。
ザンクト・ガレンは、スイス東部のドイツ語圏ですが、2013年にはスイス西部(フランス語圏)のローザンヌとザンクトガレンの間を走る列車「SBB/CFF」に世界初のスターバックス列車が開通したことが話題となりました。
世界初のスタバ列車に乗って、魂の病院への旅はいかがでしょうか。
参考文献
富盛伸夫「スイスの図書館」徳永康元編1981『世界の図書館』丸善株式会社.
ヴェルナー・フォーグラー著 1994『修道院の中のヨーロッパ ーザンクト・ガレン修道院にみるー』朝日新聞社.
箕輪成男著 2006『中世ヨーロッパの書物 修道院出版の900年』出版ニュース社.
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